東京地方裁判所 昭和44年(わ)5714号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔主文〕
被告人竹中健二を禁錮八月に、
被告人村宮均を禁錮六月に
それぞれ処する。
訴訟費用は、その二分の一づつを各被告人の負担とする。
〔判決理由〕(罪となるべき事実)
被告人両名は、いずれも自動車運転の業務に従事しているものであるが、
第一 被告人竹中健二は、昭和四四年二月二七日午後四時一〇分ころ、大型乗用自動車(バス)を運転し、東京都練馬区練馬四丁目一九番地先道路を春日町方面から練馬踏切方面へ向かい、時速約三〇キロメートルで進行中、反対方向から対面して進行してきた被告人村宮均運転の普通貨物自動車(サニーライトバン)を、約四〇メートル余り前方に認め、これとすれ違おうとしたが、同所は自車の進行方向に上り坂となつていたところ、自車の進行する道路幅員は約六メートルの狭い道路であつた上、自車と被告人村宮運転車輛との中間において、進路が左方に急に広くなつており(車道幅員約八メートル余)道路の中心線が急に左にずれていて、当時、右広い道路にひかれていたセンターラインも左に大きく彎曲しており、広い道路に進入した直後はセンターラインの左側を通過することは困難な状況にあり、しかも当時降雪中で、車輪が滑走し易い状態にあつたから、直ちに適宜減速徐行すると共にできる限り自車を道路の左側に寄せ、対向してくる被告人村宮運転の車両の動静に注視し、これと衝突しないよう十分な間隔を保つてすれ違うべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同車が右車道幅員八メートル余の広い道路上で、一時停止をして自車に進路を譲つてくれるものと軽信し、前記速度のまま漫然と狭い道路の中央付近を進行した過失により、右広い道路に進入する直前の頃、被告人村宮運転の車両が自車進路上に滑走してくるのを、その手前至近距離に接近して認め、あわててハンドルを左に切るなどして衝突を避けようとしたが、間に合わず、同所四丁目一八番地先の道路上において、右村宮運転車両に自車の右前部を衝突させ、その衝撃でハンドルを左にとられるなどして自車を道路左端に向かつて暴走させた上、同所のガードレールを押し倒し、おりから同ガードレール内側の歩道を同方向に向かつて歩行していた加藤恵三(当時一二年)に自車の左前部を衝突させて同人を同所付近に転倒させ、よつて、同人をして、即時同所において、胸腔内臓器損傷により死亡させ、
第二 被告人村宮均は、前記日時ころ、普通貨物自動車を運転し、同都同区練馬四丁目一八番地手前の車道幅員約八メートル余の道路を、練馬踏切方面から春日町方面へ向かい、時速約二〇キロメートルで進行中、前記の如く反対方向から対面進行してきた被告人竹中健二運転の大型乗用自動車を認め、これとすれ違おうとしたが、同所は被告人村宮の進行方向に下り坂となつており、かつ、自車と被告人竹中運転車輛との中間において道路が急に狭くなり(幅員約六メートル)道路中心線もこれに応じて急に左にずれ、広い道路にひかれていたセンターラインもその近くで左に大きく彎曲していたため、反対方向の狭い道路を進行してくる大型車輛は一時広い道路のセンターラインを反対側車線上に越えて進行してくることも予測され、また、狭い道路で被告人竹中の運転車輛とすれ違うことは危険と考えられる状況にあつた上、当時は降雪中で車輪が滑走し易い道路状況にあつたから、被告人村宮としては、道路が急に狭くなつているところからかなり手前の広い道路上で一時停止をして被告人竹中の運転する車輛の通過を待つか、又は、最徐行をしてできる限り道路左側により、右同車の動静に注視しつつ、同車と十分な間隔をとつてこれとすれ違うべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同車が道路左方に進路を変えて安全にすれ違うものと軽信し、道路の左端に寄ることなく、速度のみを落して進行した過失により、同車が広い道路にさしかかる直前の頃はじめて衝突の危険を感じ、あわてて急停止の措置をとつたが、車輪が右斜前方に滑走して、同所四丁目一八番地先道路において右同車に自車右前部を衝突させ、同車をして前記第一記載のごとく道路右端に暴走させて同車をして同所のガードレールを押し倒し、同ガードレール内側の歩道を練馬踏切方面に歩行していた前記加藤恵三に衝突させて同人を同所付近に転倒させ、よつて、同人をして即時同所において、胸腔内臓器損傷により死亡するに至らしめたものである。
(証拠の標目)<略>
(法令の適用)<略>
(被告人竹中を有罪と認めた事由の詳細と同被告人及びその弁護人らの主張について)
一、前掲証拠の標目欄に掲記の各証拠によると、次の如き事実を認めることができる。すなわち、被告人竹中が本件事故前に進行していた道路は、前述の通り、被告人竹中の進行方向に向つて登り坂となつており、右道路は歩車道の区別のない道路であつて、その幅員は、本件事故現場近くの道路左側の電柱から右側道路端まで約六メートルの狭い道路であるうえ、その左側には蓋のない側溝があつたこと(以下単に狭い道路と略称する)一方、被告人村宮が本件事故前に進行していた道路は、被告人村宮の進行方向に向つて下り坂となつており、右道路は、その両側にガードレールによつて区劃された幅約1.6ないし1.7メートルの歩道の設けられている歩車道の区別のある道路であつて、その車道の幅員は約八メートル余りある道路であること(以下広い道路と略称する)、しかして、被告人竹中運転の車輛と被告人村宮運転の車輛とが衝突した地点(衝突地点については被告人両名間に争いがあるが、この点については後述する)から、約一〇メートル足らず(当裁判所の検証調書②点及び×点間は8.8メートル、(く)点及び点は9.7メートル)坂の下の方の地点で、被告人竹中の進行してきた狭い道路はその進行方向からみて左に急に広くなつている(左側ガードレールから右側道路の端まで約10.5メートル)上、狭い道路は歩車道の区別がないのに、広い道路には、その右側にガードレールによつて区劃された幅約1.7メートルの歩道が設置されていた関係から、右狭い道路から広い道路に出る付近では、道路の中心線(車道の南側端から等距離にある地点を結んだ線、以下同じ)が左方にずれていること、なお、当時広い道路にはペイントでいわゆるセンターラインがひかれていたが、右センターラインは狭い道路の近くでは道路の中心にひかれていたのではなく、狭い道路の方に向い若干左に寄せ、大きく彎曲させてひかれていたこと、つぎに、本件事故当時は、雪が降つていて車輪が滑走し易かつた関係等もあつて、右狭い道路上で、被告人竹中の運転車輛と被告人村宮の運転車輛とがすれ違うことは、物理的に不可能ではなかつたけれども、そのままでは一応危険の伴うことを免れ得ない状況にあつたし、また、被告人竹中の運転する大型乗用自動車は、その車幅が2.45メートル、その長さが9.18メートルもあつて、狭い道路から広い道路に出た直後の頃は、広い道路の中心線は勿論、当時広い道路にペイントでひかれていたセンターラインの右側にはみ出して進行することもやむを得えない状況にあつたこと、以上の如き事実が認められる。
二、つぎに、前掲各証拠によると、被告人竹中は、本件事故前狭い道路上を、春日町方面から練馬踏切り方面(いわゆる坂の上の方)に向い、時速約三〇キロメートルで進行中、前方広い道路上を、反対方向から対面進行してくる被告人村宮運転の車輛を認めたこと、その際の右両者の距離は少くとも約四〇メートル余りあつたこと、しかして、被告人竹中は、右地点では被告人村宮運転の車輛との衝突の危険を感ぜず、被告人村宮が広い道路上で一時停止をして自車に進路を譲つてくれるものと考え、そのまま進行したところ、右狭い道路から広い道路に出る直前の頃、被告人村宮の運転車輛が被告人竹中運転車輛の進路上にスリップをしてくるのを認めて衝突の危険を感じ、ハンドルを左に切り、ブレーキを踏んで衝突を避けようとしたが間に合わず、被告人村宮の運転車輛と衝突したこと、以上の如き事実が認められる。
三、ところで、被告人竹中及びその弁護人等は、被告人竹中の進路は登り坂であつて、「登り優先」の原則により、坂を登つて進行する被告人竹中が本件事故現場付近を優先して通行することができるから、被告人竹中が、被告人村宮の方において広い道路上で一時停車をした上、自車に進路を譲つてくれるものと信じて運転をしたし、また、そのように信じたことは相当であつて、いわゆる信頼の原則により、被告人竹中には、前記「罪となるべき事実欄」に記載の如き注意義務はなく、過失はないとの趣旨の主張をしている。しかし、被告人竹中等の主張するような「登り優先」の原則なるものは、法律上定められているものではなく、ただ、自動車運転者の間において事実上多くの場合慣行的に行われているに過ぎないことであるから、被告人竹中が右「登り優先」の原則を持ち出して、本件事故前被告人村宮において、広い道路上で一時停止をした上自車に進路を譲ずつてくれることを全面的に期待し、これを前提として運転をすることは許されないといわなければならない。本件においては、前述の通り、被告人竹中の運転車輛と被告人村宮の運転車輛とが狭い道路でそのまますれ違うことは一応危険が伴う状態であつたし、また、狭い道路から広い道路へ出た直後の付近は、その特殊な道路状況から、広い道路側の中心線が左に急にずれ、広い道路にペイントでひかれていたセンターラインも左に大きく彎曲していたので、被告人竹中が、そのままの状態で通常の如く進行すれば、広い道路に出た後も、道路の中心線は勿論、センターラインも大きく右側に超えて反対車線上に進入し、該反対車線上を対面進行してくる被告人村宮の運転車輛と衝突する危険があつたから、被告人竹中としては、前記の如く、被告人村宮の運転車輛を、少なくとも約四〇メートル前方に認めた地点で、直ちに減速徐行すると共に、できる限り、自車を道路の左側に寄せ、被告人村宮の運転車輛の動静に注意しつつ、これと十分な間隔を保つてすれ違うような措置をとつて運転すべき業務上の注意義務があつたものと認むべきである。しかるに、被告人竹中は、右業務上の注意義務を怠り、その後も従前の状態のまま進行を続けたことが一因となつて、被告人村宮の運転車輛と衝突したものであるから、右衝突事故の発生については、被告人竹中に過失があるものといわなければならない。
四、なお、被告人竹中及びその弁護人等は、被告人竹中の運転していた大型乗用自動車のアクセルロットが被告人村宮の運転車輛と衝突した衝撃により、破損して戻り不良となり、アクセルを踏んだままの状態となつて道路左側に暴走したとの旨の主張をしており、証人土屋佳次の当公廷における供述や鈴木淳五作成のアクセルペダル常態断面図、アクセルペダル部事故による変化図等によれば、一応、右主張の如く、前記衝突の衝撃により被告人竹中の運転車輛のアクセルロットが破損し、アクセルペダルが戻り不良となつたことが窺われる。しかし、被告人竹中の過失により同被告人運転の車輛と被告人村宮運転の車輛とが衝突し、これが原因で被告人竹中運転の車輛が道路左側に暴走して本件被害者を死に至らしめた以上は、アクセルロット等の故障の有無を問わず、被告人竹中には、右本件被害者の死の結果に対し、過失責任のあることは明らかといわなければならない。のみならず、証人豊里信幸、同片岡薫の当公廷における各供述によれば、アクセルロットが戻り不良となつても、制動を施せば、通常の場合に比し、多少は制動距離が延びるけれども、結局制動作用が働いて自動車を停車させ得ることが認められるし、また、前掲証拠の標目欄に掲記の各証拠によると、被告人竹中は、被告人村宮の運転車輛に自車を衝突させ、その衝撃でハンドルを大きく左にとられ、かつ、尻もやや斜になつて姿勢がくずれたことなどもあつて、的確にブレーキをかけ得ないまま自車を広い道路の左端に暴走させ、左側歩道を歩いていた本件被害者に自車を衝突させて同人を死亡するに至らしめたものであることが認められる。したがつて、被告人竹中には、本件被害者が死亡したという結果の発生について、過失責任のあることは明らかである。
(被告人村宮を有罪と認めた事由の詳細と同被告人及びその弁護人らの主張について)
一、前掲証拠の標目欄に掲記の各証拠によると、被告人村宮は、本件事故前、本件事故現場手前の横断歩道を過ぎたあたりの広い道路上を、練馬踏切方面から春日町方面(坂の下りの方)に向い時速約二〇キロメートルで進行中、かなり前方の狭い道路上を被告人竹中運転の車輛が対面進行しているのを認め、若干減速をして進行し、その後約一〇数メートル進んだ地点でも別に危険を感じなかつたが、被告人竹中の運転車輛と狭い道路上ですれ違うことは危険であると判断し、右同車と広い道路上ですれ違うべく、速度を時速約五キロメートルに減速して進行したところ、その後さらに若干進んだ地点で被告人竹中運転の車輛と衝突の危険を感じ、ブレーキを強く踏んだところ、スリップして被告人竹中運転の車輛と衝突したこと、被告人村宮は、被告人竹中の運転車輛を発見してから、特に道路の左側に進路を変える等の措置をとることなく、当時広い道路にペイントでひかれていたセンターライン寄りのところを進行していたこと、以上の如き事実が認められる。
二、ところで、被告人村宮及びその弁護人等は、被告人村宮としては、被告人竹中の運転車輛を認めてから、右同車が進路を左に変えて自車線内に戻ることを期待しながら、徐行していたものであるところ、被告人竹中運転車輛が徐行しながら進路を左に変えていれば本件事故は避け得たのにも拘らず、同車はスピードも落さず直進してきたために本件事故が起きたものであつて、被告人村宮の前記期待は、いわゆる信頼の原則からいつて当然容認されるべきことであるから、被告人には過失がないとの旨の主張をしている。
しかしながら、前掲各証拠によれば、前述の通り、被告人竹中の運転車輛が進行してくる狭い道路は幅員約六メートルである上、同車の車幅は約2.45メートルもあつたから、右同車が狭い道路上を進行してくる場合には該道路の中心線を右に大きく超え、いわゆる道路一杯を使うような状態で進行してくることが容易に推測できるのみならず、現に被告人村宮は被告人竹中の運転車輛と衝突の危険を感ずる直前まで同車が狭い道路を一杯に使つて進行してくるのを認めていること、前述のとおり、広い道路から狭い道路にさしかかるところでは、道路の中心線が大きく左にずれていて、右付近の広い道路にペイントでひかれていたセンターラインも道路の中心より若干左に寄つて彎曲していた上、被告人竹中の運転車輛は車幅が2.45メートル、車長が9.18メートルもあつたから、被告人竹中の運転車輛が狭い道路の中央付近を進行し続けてくる限り、右狭い道路から広い道路に出た直後の付近では、広い道路にペイントでひかれたセンターラインを右に超えて反対側車線内を一時的に進行してくることも容易に推測できることであるし、また、一般的にいつても右広い道路上を坂の下の方の狭い道路に向つて進行する自動車の運転者としては、通常のセンターラインのある道路とは異なり、本件事故現場付近の狭い道路から広い道路上に出た直後の道路上においては、前述の如く、対面進行してくる車輛がセンターラインを超えて右側の反対側車線上に進入してこないものと信じ得るような状況ではなく、現に当裁判所の検証時にも、普通自動車でさえ、右センターラインの右側に出て進行するものがかなりあつたこと、本件事故当時は雪が降つていて、車輪が滑走し易い状態にあつたこと、以上の如き事実が認められる。そうだとすれば、被告人村宮としては、被告人竹中運転の車輛が被告人村宮の運転車輛とすれ違うに際し、被告人竹中の方で徐行の上進路を左に取り、広い道路のセンターラインの左側(被告人村宮からは右側)を進行してくることを全面的に期待し、これを前提にして運転することは許されないのであつて、被告人村宮としては、被告人竹中の運転車輛が狭い道路から広い道路に出た付近においては、当時ペイントでひかれていたセンターラインを超えた反対側車線に進入してくることを予期し、被告人竹中運転の車輛が狭い道路から広い道路に入つて無事通過し得るようそのかなり手前の広い道路上で、確実に一時停止をした上、被告人竹中の運転する車輛の通過を待つか、又は、最徐行をしてできる限り道路の左側に寄つて、被告人竹中運転の車輛の動静に注意し、同車と十分な間隔をとつてこれとすれ違うべき業務上の注意義務があつたものといわなければならない。
しかるに、被告人村宮は、これらの注意義務を怠り、広い道路にペイントでひかれていたセンターライン寄りを単に速度を落したのみで漫然と進行したために、被告人竹中の運転車輛と衝突の危険を感じ、ブレーキを強く踏んで自車をスリップさせその結果、被告人竹中の運転車輛と衝突させたものであつて、右衝突事故の発生については、被告人村宮にも、前記業務上の注意義務を怠つた過失があるものといわなければならない。
なお、被告人竹中の運転車輛と被告人村宮の運転車輛との衝突地点については、被告人竹中は広い道路のセンターライン上であると主張し、被告人村宮はそれよりかなり内側に這入つた地点であると主張し右衝突地点について、双方の主張にくい違いがある(被告人竹中主張の衝突地点と被告人村宮主張の衝突地点との距離は約1.1メートルである)。ところで、証人椙本正夫は、本件事故当時被告人村宮運転の車輛の後方を自動車を運転して追従していて、本件衝突事故を目撃したものであるが、同証人は当公廷において、「被告人村宮の車は本件事故前広い道路のセンターラインの内側約三〇センチメートル位のところを走つていた」「衝突地点はセンターライン上かその近くである」との趣旨の証言をしていること、また、被告人竹中が本件事故前狭い道路を進行している際に被告人村宮のいうように、殊更右狭い道路の右側部分を進行してきたということは、不自然であつて、むしろ、右道路の中央付近を進行してきたものとみるのが自然であること、その他証人押木好夫や被告人竹中の当公廷における各供述等を綜合して考えると、本件衝突地点は、広い道路のセンターライン上か、その近くであつたと認めるのが相当である。
しかし、右衝突地点がセンターライン上ないしはその近くか、あるいは、被告人村宮の主張するが如くセンターラインのかなり内側であるかによつて、被告人村宮の前述の業務上の注意義務の存在が左右されるものでないことは勿論である。蓋し、仮りに被告人村宮の主張する地点が衝突地点であるとしても、被告人村宮の運転車輛の左側から道路左側端までは少なくとも一メートル以上の距離があつたから、被告人村宮としては、被告人竹中運転車輛の進行状況等を考慮に入れた上、自車をさらに道路の左側端に寄せて最徐行するか、あるいは、右衝突地点よりさらに手前の地点で確実に一時停止をするなどして、被告人竹中の運転車輛とすれ違うべきであつたからである。
三、つぎに、被告人村宮の弁護人等は、被告人村宮の運転車輛と被告人竹中の運転車輛が衝突した後に、被告人竹中において、急制動を施すことにより、同被告人の運転車輛を道路左側のガードレールに衝突させる以前に急停車することができたから、被告人村宮の運転車輛と被告人竹中の運転車輛とが衝突したことと、その後被告人竹中運転の車輛が道路左側に暴走して本件被害者と衝突し、これを死亡させたこととの間に因果関係がないと主張している。
なる程、被告人竹中運転車輛のアクセルロットが、前記衝突により、破損し、アクセルペタルが戻り不良の状態となつたとしても、急制動を施すことにより、その後右車輛を停車させ得る余地のあつたことはさきに述べた通りである。しかしながら、前掲各証拠によれば、被告人竹中運転の車輛が被告人村宮運転の車輛と衝突した地点から道路左側の本件被害者に衝突した地点までの距離は一〇メートル以内であること及び、右衝突直後の被告人竹中の運転車輛の速度は、時速約二五ないし三〇キロメートルであつたことが認められるし、また、被告人竹中は前述の通り被告人村宮の運転車輛と衝突すると同時に、その衝突によりハンドルを左にとられ、かつ、その尻がやや斜になつて姿勢が崩れたのであるから、通常の状態で危険を感じたのにも拘らず直ちに急制動を施さなかつた場合とは異なり、被告人竹中が前記衝突と同時に直ちに急制動を施さなかつたことをとらえて、いわゆる因果関係の中断を認めることはできない。よつて、被告人竹中運転の車輛が被告人村宮運転の車輛と衝突したことと右被告人竹中運転の車輛が道路左側端に暴走して本件被害者と衝突したこととの間には法律上の因果関係があるといわなければならない。
以上の次第で、本件被害者が死亡したことにつき、被告人村宮にもその過失責任があるといわなければならない。
(量刑事情)
被告人竹中及び同村宮の本件事故に対する過失の内容は、以上に述べた通りであつて、上述の如き道路状況の下において、被告人両名が互いに相手方において、自車との衝突をさけ得るような措置をとるであろうことを期待して運転したために本件事故を惹起したものであつて、その過失は必ずしも軽いものとはいえない。ただ、被告人竹中と同村宮との過失の程度については、本件衝突地点は、狭い道路から広い道路に出た直後の地点ではなく、そこから若干進行した地点であること、被告人竹中は、上り優先の慣行があるとはいえ、ほとんど徐行もせず、時速約三〇キロメートルで進行を続けこと、これに対し、被告人村宮は広い道路のセンターライン近くを進行してきたが、広い道路上で被告人竹中の運転車輛とすれ違うべく一応速度を時速約二〇キロメートルから漸次減速して徐行し、その後において急制動をかけて自車をスリップさせたこと、等を考えると、やはり、被告人竹中の過失の方が被告人村宮の過失よりも若干大きいと認むべきである。つぎに、発生した結果についてみるに、本件被害者は、事故当時満一二年の中学校入学を目前にした少年であつて、平素から健康に恵まれ、これからの末長い人生が待つていたものである。ところで右被害者は、本件事故前広い道路の被告人竹中の進路からみて道路左側に設けられていたガードレールの内側の歩道を歩いていたもので、被害者には何等の落度も過失もないのに、被告人竹中運転の大型乗用自動車(バス)が右歩道上に暴走してきてこれにはねられ、一瞬にしてその前途のある若き生命を奪われたものであつて、このような経過で生命を奪われた被害者本人は勿論、その両親等遺族の悲しみと憤りはとりわけ大きいものであると推測され、本件事故によつて発生した結果は極めて重大である。しかして、右結果は被告人竹中と被告人村宮の前述の如き過失が競合して発生したものであるけれども、被告人両名とも右被害者を死亡させた結果については各個に全責任を負うべきであつて、被告人両名の過失割合によつてその結果を分担すべきものではない。さらに、本件被害者の遺族等に対しては、賠償額について双方の主張に開きがあるとはいえ、事故後一年半以上も経過している現在においても、未だ示談は成立しておらないし、又、被告人両名とも、被害者の遺族に対する賠償金の支払はともかく、これ以外の見舞等さえも十分にしておらず、その慰藉に誠意を尽しておらないのであつて、被害者の遺族の被害感情は不良である。なお、被告人竹中は、昭和三六年七月大型一種の、同四二年九月大型二種の各免許を受けたものであるが、同被告人には、昭和三七年から同四一年までの間に道路交通法違反の罪により、罰金刑に処せられた前科が三犯(うち一回は信号無視)ある外、業務上過失傷害罪により、昭和三八年一二月罰金一万二、〇〇〇円に処せられた前科があること、又、被告人村宮は昭和四三年一一月普通一種の免許を受け、本件事故当時までの運転歴は約三ケ月余のものであるが、同被告人には同三六年八月、道路交通法違反の罪(バイクの無免許)により罰金二、〇〇〇円に処せられた前科がある。以上の如き諸般の事情を綜合して考えると、本件における被告人両名の刑事責任は、被告人竹中の方が同村宮よりも若干重いと認めるのが相当であり、又、被告人両名に対しては、いずれも刑の執行を猶予し得べき事案ではないと考え、前述の通りの量刑をした次第である。
よつて、主文の通り判決する。
(後藤勇)